3 原核生物の構造について説明した文として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから1つ選びなさい。
@ 光合成を行うものもある。
A 光学顕微鏡では存在が確認できない、小さな細胞の生物である。
B 一部の生物には、染色体が存在しない。
C 繊毛やべん毛もつものがいる。
まず@ですが、原核生物の中にも光合成を行うものはいます。なにしろ、植物細胞内で光合成を行う葉緑体は、もともとは原核生物であるシアノバクテリア(ラン藻)でした。シアノバクテリアは30億年くらい前に出現し、光合成によって酸素をせっせせっせと吐き出し、原始地球の酸化的環境を現在の様な還元的環境に変えた張本人です。彼らは現在も健在で、光合成をし続けています。
他にも、バクテリオクロロフィルを持つ紅色硫黄細菌や緑色硫黄細菌が光合成を行うことは、高校生物でも学習します。つまり、高校生にとっては、光合成を行う原核生物がいるということは常識ですね。
というわけで、@に書かれていることは正しい。
ところが、大学が公表していた解答を見ると、正解はCになっています。んー・・・、どういうことでしょうか。@は誤りなのか?
ABが誤りであることは説明するまでもありませんね。
では、Cはどうでしょうか。
教科書などに書かれている原核生物の図には鞭毛(「鞭」という字が常用漢字ではないので、教科書などでは「べん毛」と記されていますが、平仮名混じりは読みにくいので漢字で書かさせてもらいます)が描かれていることが多いので、鞭毛を持つ原核生物がいることはすぐに分かります。
では、繊毛を持つ原核生物がいるかというと、これが少々ややこしい。結論を先に言うと、原核生物に繊毛はありません。あるのは「線毛」です。
繊毛と線毛、どちらも「センモウ」と読み、同じような構造物を指す言葉ですが、生物学では両者は明確に区別されます。ともに、細胞外に突出した短い構造物で、タンパク質のフィラメントでできています。真核生物の物を「繊毛」、原核生物の物を「線毛」と表記します。
ウィキペディアには、繊毛は「構造的には鞭毛と全く同じであるが、鞭毛運動に加えて繊毛運動が可能である点が異なる。また分布様式の点から、短い毛が多数並んだものを繊毛と呼ぶのに対し、長短に関わらず本数が少ない場合は鞭毛とする区別もある」と記されています。
一方、線毛は「細菌の細胞外構造体で、タンパク質が重合して繊維状となるもので、鞭毛以外を指す」とあります。
簡単にまとめると、真核生物では鞭毛も繊毛も微小管(チューブリン)でできており、原核生物では鞭毛はフラジェリン、線毛はビリンやフィンビリリンというタンパク質でできています。つまり繊毛と線毛は構成タンパク質の種類が異なっており、その構造と運動の仕方も異なっています。
ちなみに鞭毛も真核生物と原核生物で異なりますが、こちらは表記上の区別はありません(ウィキペディアによれば、真核生物の鞭毛を漢字表記するのに対し、細菌のものは「べん毛」と平仮名混じりで表記することによって区別することもある、という旨が書かれていますが、「鞭」が常用漢字ではないために、近年ではどちらも区別なく「べん毛」と表記されることが多くなりました。少なくとも高校生物で登場する時には全て「べん毛」です)。
ところで、正直に言うと、小生は「繊毛」と「線毛」は同じものだと思っていました。というのも、例えば「篩管」が「師管」に変わったように、「線毛」は「繊毛」の簡易表記だと勝手に思い込んでいたわけです(現実では、「繊」は常用漢字なので簡易表記に変える必要がない)。
実際に、医学の分野では、真核生物の繊毛も「線毛」と表記することが慣習化しています。おそらく、医師か医学博士が著した書物や総説などで「線毛」という表記を見たのでしょう。むべなるかな、勘違いしてしまうのも当然ぢゃないですか。
分野によって表記の仕方が異なるというのは、あまり好ましいことではありませんが、往々にしてあることです。諸般の事情があるんだろうなあと、甘んじて受け入れるしかありません。とにかく、生物学の世界では「繊毛」と「線毛」は区別して使用されています。
改めて高校生物の教科書を見返してみると、原核生物に「線毛」があることは特に明記されていません。原核生物の挿絵の中に小さな文字で「線毛」と書かれているだけで、脚注にも本文中にもまったく説明がありません。一方、真核生物の方では「繊毛」と言葉がしばしば登場していました。
ともあれ、「線毛」は一回しか登場しませんが、「繊毛」と「線毛」はたしかに使い分けられていました。
さて、相模女子大の問題に戻りましょう。
繊毛は原核生物には存在しないので、Cは誤りということになります。ですが、大学が公表していた正解はCでした。
おかしいですね。正しい内容の@を適切とせず、誤りのCが最も適切であると見なしているわけです。これは明らかなミスと言えます。
では、どうしてこのような事態になったのか、邪推してみましょう。
おそらく、出題者も「繊毛」と「線毛」の区別があることを知らなかったのだと思います。だから原核生物にも繊毛があるという表記に間違いはないと考えた。
また、@も正しい文章だと思っていたはずです。仮に、@が誤りである、つまり原核生物には光合成するものがいないと思っていたとしたら、それこそ大問題です。出題者の生物学的資質に大いなる疑問を抱いてしまいます。
つまり、出題者は意図して@とCの二つの正しい内容の選択肢を出題者は用意したのだと思います。その意図は、おそらく、ひっかけ問題にしたかったのでしょう。
問題文には「原核生物の構造について・・・」と書かれています。光合成は構造 (structure)ではなく、能力(ability)もしくは機構(mechanism)なので、@は適切ではないということなのでしょう。
小生の邪推が当たっていたとしたら、それは少々卑怯ではないかと感じます。正誤問題の場合、適当なものを一つ選べと言うならば、正しい内容の選択肢は一つでなければならない。それがルールだと思います。
問題文が指定した条件に合致しているかどうかまで吟味しなければならないと言われれば、まったく尤もなことであります。ですが、どこか腑に落ちません。
特に、この問題の場合は不誠実さを感じざるを得ません。
それはなぜかというと、高校生物では常識的な内容(光合成をする原核生物)で、容易に正しい文だと分かる@が、実はカテゴリー外であるため不適切となっているのに対し、高校生物ではほとんど扱われていないこと(原核生物の繊毛・線毛)で、正しいかどうか容易に判断しにくいであろうCの方が正解であるということ。明らかにミスチョイスを誘導しようとしています。
真っ当で純朴な受験生ならば@を選ぶことでしょう。
解答欄の@という答えを見て、「しめしめ」と出題者がほくそ笑んでいたかと思うと、寒気がしてきます。しかも、その奸計の問題が間違っていたわけで、なんとも救いようがありません。

