2017年02月05日

第91回 線毛と繊毛

 前回に引き続き相模女子大の入試問題からの話題。2015年度B日程の問題です。

3 原核生物の構造について説明した文として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから1つ選びなさい。
@ 光合成を行うものもある。
A 光学顕微鏡では存在が確認できない、小さな細胞の生物である。
B 一部の生物には、染色体が存在しない。
C 繊毛やべん毛もつものがいる。


 まず@ですが、原核生物の中にも光合成を行うものはいます。なにしろ、植物細胞内で光合成を行う葉緑体は、もともとは原核生物であるシアノバクテリア(ラン藻)でした。シアノバクテリアは30億年くらい前に出現し、光合成によって酸素をせっせせっせと吐き出し、原始地球の酸化的環境を現在の様な還元的環境に変えた張本人です。彼らは現在も健在で、光合成をし続けています。
 他にも、バクテリオクロロフィルを持つ紅色硫黄細菌緑色硫黄細菌が光合成を行うことは、高校生物でも学習します。つまり、高校生にとっては、光合成を行う原核生物がいるということは常識ですね。

 というわけで、@に書かれていることは正しい。
 ところが、大学が公表していた解答を見ると、正解はCになっています。んー・・・、どういうことでしょうか。@は誤りなのか?

 ABが誤りであることは説明するまでもありませんね。
 では、Cはどうでしょうか。
 教科書などに書かれている原核生物の図には鞭毛(「鞭」という字が常用漢字ではないので、教科書などでは「べん毛」と記されていますが、平仮名混じりは読みにくいので漢字で書かさせてもらいます)が描かれていることが多いので、鞭毛を持つ原核生物がいることはすぐに分かります。
 では、繊毛を持つ原核生物がいるかというと、これが少々ややこしい。結論を先に言うと、原核生物に繊毛はありません。あるのは「線毛」です。
 繊毛と線毛、どちらも「センモウ」と読み、同じような構造物を指す言葉ですが、生物学では両者は明確に区別されます。ともに、細胞外に突出した短い構造物で、タンパク質のフィラメントでできています。真核生物の物を「繊毛」、原核生物の物を「線毛」と表記します。

 ウィキペディアには、繊毛は「構造的には鞭毛と全く同じであるが、鞭毛運動に加えて繊毛運動が可能である点が異なる。また分布様式の点から、短い毛が多数並んだものを繊毛と呼ぶのに対し、長短に関わらず本数が少ない場合は鞭毛とする区別もある」と記されています。
 一方、線毛は「細菌の細胞外構造体で、タンパク質が重合して繊維状となるもので、鞭毛以外を指す」とあります。
 簡単にまとめると、真核生物では鞭毛も繊毛も微小管(チューブリン)でできており、原核生物では鞭毛はフラジェリン、線毛はビリンやフィンビリリンというタンパク質でできています。つまり繊毛と線毛は構成タンパク質の種類が異なっており、その構造と運動の仕方も異なっています。
 ちなみに鞭毛も真核生物と原核生物で異なりますが、こちらは表記上の区別はありません(ウィキペディアによれば、真核生物の鞭毛を漢字表記するのに対し、細菌のものは「べん毛」と平仮名混じりで表記することによって区別することもある、という旨が書かれていますが、「鞭」が常用漢字ではないために、近年ではどちらも区別なく「べん毛」と表記されることが多くなりました。少なくとも高校生物で登場する時には全て「べん毛」です)。

 ところで、正直に言うと、小生は「繊毛」と「線毛」は同じものだと思っていました。というのも、例えば「篩管」が「師管」に変わったように、「線毛」は「繊毛」の簡易表記だと勝手に思い込んでいたわけです(現実では、「繊」は常用漢字なので簡易表記に変える必要がない)。
 実際に、医学の分野では、真核生物の繊毛も「線毛」と表記することが慣習化しています。おそらく、医師か医学博士が著した書物や総説などで「線毛」という表記を見たのでしょう。むべなるかな、勘違いしてしまうのも当然ぢゃないですか。
 分野によって表記の仕方が異なるというのは、あまり好ましいことではありませんが、往々にしてあることです。諸般の事情があるんだろうなあと、甘んじて受け入れるしかありません。とにかく、生物学の世界では「繊毛」と「線毛」は区別して使用されています。
 改めて高校生物の教科書を見返してみると、原核生物に「線毛」があることは特に明記されていません。原核生物の挿絵の中に小さな文字で「線毛」と書かれているだけで、脚注にも本文中にもまったく説明がありません。一方、真核生物の方では「繊毛」と言葉がしばしば登場していました。
 ともあれ、「線毛」は一回しか登場しませんが、「繊毛」と「線毛」はたしかに使い分けられていました。

 さて、相模女子大の問題に戻りましょう。
 繊毛は原核生物には存在しないので、Cは誤りということになります。ですが、大学が公表していた正解はCでした。
 おかしいですね。正しい内容の@を適切とせず、誤りのCが最も適切であると見なしているわけです。これは明らかなミスと言えます。

 では、どうしてこのような事態になったのか、邪推してみましょう。
 おそらく、出題者も「繊毛」と「線毛」の区別があることを知らなかったのだと思います。だから原核生物にも繊毛があるという表記に間違いはないと考えた。
 また、@も正しい文章だと思っていたはずです。仮に、@が誤りである、つまり原核生物には光合成するものがいないと思っていたとしたら、それこそ大問題です。出題者の生物学的資質に大いなる疑問を抱いてしまいます。
 つまり、出題者は意図して@とCの二つの正しい内容の選択肢を出題者は用意したのだと思います。その意図は、おそらく、ひっかけ問題にしたかったのでしょう。
 問題文には「原核生物の構造について・・・」と書かれています。光合成は構造 (structure)ではなく、能力(ability)もしくは機構(mechanism)なので、@は適切ではないということなのでしょう。

 小生の邪推が当たっていたとしたら、それは少々卑怯ではないかと感じます。正誤問題の場合、適当なものを一つ選べと言うならば、正しい内容の選択肢は一つでなければならない。それがルールだと思います。
 問題文が指定した条件に合致しているかどうかまで吟味しなければならないと言われれば、まったく尤もなことであります。ですが、どこか腑に落ちません。
 特に、この問題の場合は不誠実さを感じざるを得ません。
 それはなぜかというと、高校生物では常識的な内容(光合成をする原核生物)で、容易に正しい文だと分かる@が、実はカテゴリー外であるため不適切となっているのに対し、高校生物ではほとんど扱われていないこと(原核生物の繊毛・線毛)で、正しいかどうか容易に判断しにくいであろうCの方が正解であるということ。明らかにミスチョイスを誘導しようとしています。
 真っ当で純朴な受験生ならば@を選ぶことでしょう。
 解答欄の@という答えを見て、「しめしめ」と出題者がほくそ笑んでいたかと思うと、寒気がしてきます。しかも、その奸計の問題が間違っていたわけで、なんとも救いようがありません。
posted by Mayor Of Simpleton at 23:47| Comment(0) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

第90回 ゴルジ体はタンパク質を貯蔵するか?

 まずは2015年度の相模女子大A日程の問題です。

5 ゴルジ体についての記述である。正しい文章番号をすべて番号順に書きなさい。
@ 真核細胞にはない。
A 扁平な袋を重ねた形の膜からなる。
B たんぱく質を貯蔵している。
C 細胞内で合成した物質を細胞外に運ぶ働きがある。
D 分泌がさかんな細胞では発達している。


 大学が公表していた正解はABCDです(2017年1月現在では、試験問題は見ることができますが、解答は公開されていません。以前は解答も公開されていたのですが、非公開になったようです。理由は不明です)。
 ゴルジ体は真核細胞にみられる細胞小器官の1つで、一枚膜の扁平な袋が多数重なったような構造をしています。細胞外へ分泌されるタンパク質の糖鎖修飾や、リボソームを構成するタンパク質のプロセシングを行っています。
 生物の教科書(数研出版)には「リボソームで合成されたタンパク質を小胞体から受け取って濃縮し、小胞に包んで細胞外へと運びやすい形にする。粘液やホルモン、酵素などを分泌する細胞でよく発達している」と説明されています。
 よって@は誤りで、ACDは正しい文章です。で、よく分からないのがBです。
 手元にある教科書や参考書などには、ゴルジ体の機能として「タンパク質の貯蔵」と明記しているものはありません。ウィキペディアの日本語版にも英語版にも「タンパク質を貯蔵する」という旨の記述はありませんでした。
 さて、ゴルジ体はタンパク質を貯蔵するというのは本当でしょうか?

 この疑問に対するヒントがYahoo知恵袋にありました。
 「ゴルジ体には物質を貯蔵する役割は無い」と書いてある資料と「役割がある」とかいてある資料があって、どちらが正しいか?という質問です。これに対する回答を要約すると、
1.「ゴルジ体は物質を貯蔵する」と書かれた文章は確かに存在する。
2.平成19年度のセンター試験では、「ゴルジ体は物質を貯蔵する」というのは適切ではないとしている。
ということです。

 そこで、「ゴルジ体の物質(タンパク質)貯蔵」に関してネットで検索してみました。
 すると、簡単にその記述が見つかりました。「生物学用語辞典」です。
「ゴルジ体:袋状の二重膜から構成された細胞小器官の一つで、小胞体で合成されたタンパク質の貯蔵や糖鎖の付加などの修飾反応や切断反応(プロセシング)が行われる。小胞体から細胞膜などへの物質輸送の経路になっており、小胞体に面したシス面、細胞膜側のトランス面や中間部分でそれぞれ異なった機能を持つ。」

 「小胞体で合成されたタンパク質の貯蔵」とはっきり書かれています。辞典に明記されているのだから、これは正しいにちがいありません。
 
 ・・・。ちょっと待て。
 ゴルジ体が二重膜で構成???
 なんという大嘘でしょう。ゴルジ体は単膜です。こんないい加減なことを書いているなんて、これは信頼するに値しません。辞典だからと言って気を許していると痛い目に合います。
 他に信用できる情報はないか探してみました。すると、数は少ないのですが、それらしい記述のあるサイト(いずれも公的なものではありません)を見つけました。しかし、生物学用語辞典の丸写しであったり、どうやらそれを参考にして書かれたと思われるものばかりです。
 適切なキーワードで検索すると、論文や大学の紀要、公的機関の専門家が書いた文章が往々にして引っかかるものですが、それもありません。

 ネット上には、「ゴルジ体がタンパク質を貯蔵している」と強く断言できる材料が乏しいことがわかりました。それゆえ、これは眉唾ではないかと思えてきました。

 平成19年度のセンター試験に対して、日本生物教育学会から、「タンパク質の糖修飾と仕分け・配送を行うゴルジ体には、一時的にタンパク質が集まる。教科書にも『細胞外に分泌される物質は,いったんゴルジ体内に集められたのち』という記述がある。過去にはゴルジ体の働きとして『物質の貯蔵・分泌に関係する』と記載されていた参考書もあり、このような経緯からCを誤答とするのは厳しい。」という批判を受けたそうです(上記のYahoo知恵袋より)。

 しかし、物が集まるのと、物を貯蔵するのは、意味が違います。郵便局は郵便物の集積所であって、貯蔵所ではありません。
 また、過去の参考書にそう書かれたものがあるというのも、それを肯定する材料にはなり得ません。その参考書が誤った情報をもとに書かれたものだとしたら、速やかに訂正されるべきだからです。

 細胞の内部環境は非常にダイナミックです。タンパク質は次々と生産され、それぞれの持ち場へと移動していきます。一部はゴルジ体を経て、細胞外へと分泌されますが、細胞外の環境変化によって物質の流れが停滞することもあるでしょう。その場合、タンパク質がゴルジ体内部に一時的に貯留することはあるかもしれません。
 しかしそれは、例えば液胞が糖分をため込んだり、排出できない老廃物を滞留させておくといった、積極的な貯蔵とは大きく意味が異なります。

 以上より、相模女子大の入試問題の、ゴルジ体に関する記述
B たんぱく質を貯蔵している
という文章は正しくない、と小生は考えます。

 この問題の出題者が、何を参考にしてこれを正しいとしたのか知る由もありません。しかし、教科書に明記されておらず、その他の資料にも明白な証拠の無いことを正しい記述として扱うのは、試験問題として非常に不適切なことだと思います。
posted by Mayor Of Simpleton at 00:22| Comment(2) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

第89回 小ネタ集(千歳科学技術大)

 前回千歳科学技術大の入試問題を取り上げたのですが、他にもおかしな点があったので、小ネタ集として紹介しておきます。

(1) 問題を変えたのは誰?

 まずはリード文の一部を。
「ある場所に生育する植物の集まりを植生といい、長い年月の間に構成する植物の種類や(ア)が移り変わって行くことを遷移と呼ぶ。・・・」

 (ア)には「相観」という言葉が入るそうです。大学が公開している解答がそうなっています。
「相観」とは「植物群落を形成する種類・密度などによって示される特徴的な景観」(デジタル大辞泉)のことです。つまり、「相観」には種類の違いも含まれており、直前の言葉と意味がダブってしまうので、(ア)にいれるには最適ではないように思います。
 むしろ、「個体数」とか「個体群密度」の方が適しているんじゃないかなあ。

 でも、まあ、大学が用意した解答が「相観」となっているので、これで行くことにしましょう。
 ところが、この後の問5を見ると、やはりどうもおかしいのです。

問5 (ア)の極初期、やせた土壌でもハンノキ類は根粒に住んでいる細菌類のはたらきで生育することができる。その理由を答えなさい。

 問5の問題文の(ア)に「相観」を入れるとおかしな文章になります。むろん、「個体数」や「個体群密度」でも意味が通りません。

 さて、相観の初期ってなに?
 相観というのは、観測者が観察した一瞬を切り取ったもので、そこには時間の経過が含まれていません。なので、「相観の初期」という表現はナンセンスなのです。
 時間の幅のある物、例えば「○○時代」とか「誰々の人生」といった言葉ならば、その初期というのは分かります。また、「化学反応」とか「何々の工程」のように、状態の変化を意味する言葉には時間の経過が含まれているので、その初期という表現で意味が通じます。

 問5の(ア)には「遷移」という言葉がもっともしっくりきます。しかし、リード文の(ア)には、絶対に「遷移」は入りません。「遷移が移り変わって行くことを遷移と呼ぶ」って、日本語になってませんから。

 やはりこの問題はおかしいのですが、どうしてこうなってしまったのでしょうか。
 小生の勝手な想像ですが、最初は「・・・長い年月の間に構成する植物の種類や相観が移り変わって行くことを(ア)と呼ぶ。・・・」だったのではないでしょうか。問5の問題文中に「遷移」という言葉を使うので、そこも(ア)にした。その後に、問題の難易度を少し上げるためでしょうか、リード文の(ア)の位置を「遷移」から「相観」へと誰かが変えたのでしょう。しかし、問5の問題文に(ア)があることには気づかずにそのままにしてしまった、という推理はいかがでしょうか。
 問題の作成者が、問5の問題文を「相観の極初期、・・・」とガチで作っていたとしたら、その人の国語の能力を疑わざるを得ません。
 いずれにせよ、大事な入試問題の校閲体制に問題ありです。


(2)リード文を書き換えたのは誰?

 別のリード文です。
3. 生物の増え方には(ア)生殖と(イ)生殖がある。(ア)生殖には分裂、(ウ)、(エ)生殖といった方法があり、親と子の遺伝情報は同じになる。一方(イ)生殖では、減数分裂によって(オ)がつくられ、両方の親の(オ)が混合するため親と異なる遺伝情報を持つ子が生じ、遺伝的な(カ)が生まれるしくみが備わっている。また、ふだんは分裂で増殖するゾウリムシは、環境条件が悪くなると(イ)生殖である(キ)を行うこともある。

(ア)〜(キ)には
ア:無性  イ:有性  ウ:出芽  エ:栄養  オ:配偶子  カ:多様性  キ:接合
が入ります。

 そこで気になったのは、「・・・両方の親の(オ)が混合するため・・・」というところです。
 混合?
 配偶子が合体することは「接合」と言います。そして、「接合」の意味で「混合」という言葉は使われません。
 「配偶子を混合する」というと、多数の雌性配偶子と雄性配偶子をシャーレの中で混ぜ合わせたりするのを思い浮かべます。

 なぜここで「混合」という言葉を使ったのでしょうか?おそらく、配偶子が合体することを「混合」だと問題作成者が信じているわけではないと思います。
 最初は「・・・両方の親の(オ)が接合するため・・・」と書いていたと思うのです。ですが、(キ)のところで「接合」という言葉を答えさせる問題にしたくなったのでしょう。答えと同じ言葉がリード文にあるのは、ヒントを与えているようで問題として拙い。そこで、(オ)の後の「接合」を別の言葉に変えようと目論んだ、というわけです。
 しかし、その目論見は少々浅墓でしたね・・・あくまで想像ですけど。

 あるいは・・・・・
 まさか、そんなことはないと思うんですけど、ひょっとして最初の(オ)と二番目の(オ)に入るのは、別の言葉ではないでしょうか。最初の(オ)に「配偶子」、二番目の(オ)に「遺伝子」を入れると、とてもしっくりくるのです。
 二番目の(オ)が実は(カ)だったのではないか、その後の(カ)(キ)も一つずつずれて(キ)(ク)だったのではないかと疑ってみたりしたくなります。けれど、そんなミス、起こるはずないですよね。

posted by Mayor Of Simpleton at 00:25| Comment(0) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月19日

第88回 顕微鏡の倍率を上げると

 前回前々回に続いて顕微鏡の話です。
 顕微鏡の使い方は、高校生物の教科書の初っ端に出てくる、基礎中の基礎です。その中で、生徒に教えるのが少々難しいのが「焦点深度」というものです。
 顕微鏡には「絞り」というものが付いていて、主たる機能は光量の調節なのですが、それに付随して「絞りを絞ると焦点深度が深くなる」ということが書かれています。いったいどういうことなのか。教科書や参考書に書かれている以上説明しないわけにはいきません。

 まず、「絞り」とは、レンズを透過する光の量を調節するために、光の通り道となる孔の大きさを変えるもので、開くと明るくなり、絞ると暗くなります。顕微鏡で観察するためには適切な明るさが求められます。暗いと微細な構造がよく分からないし、明るすぎると光で白飛びした写真のような像となり、これまた微細な構造がよく分かりません。おまけに、暗かったり明るすぎたりすると、観察するのに目が疲れてしまいます。
 一般に、低倍率では視野が明るいので絞って観察し、高倍率にすると視野が暗くなるので絞りを開いて明るくするように調節します。しかし、絞りを開くと焦点深度が浅くなってしまいます。

 では、焦点深度とはなにかというと、「ピントが合っている位置から、対物レンズとサンプル面との距離を変えても、ピントがシャープに合っている範囲」のことです。分かりやすく言うと、ある点にピントを合わせた状態で、調節つまみをどのくらい動かしてもピントが合ったままかという、その動かした範囲です。低倍率では調節つまみを少し動かしてもピントは大きくずれません。これを、「焦点深度が深い」といいます。一方、高倍率では少し動かしただけでボケてしまいます。つまり、「焦点深度が浅い」ということです。

 焦点深度と混同されがちな、似た意味合いの言葉に「被写界深度」というものがあります。被写界深度とは、「厚みのあるサンプルにおいてピントが合っている範囲」のことです。スナップ写真で喩えると、手前の人物にピントを合わせると背景の建物がボケてしまう場合は被写界深度が浅いと言い、人物にも後ろの建物にもピントが合う場合は被写界深度が深いと言います。顕微鏡観察では、例えば、植物組織の薄切片を観察した時に細胞が二層になっていた場合、低倍率だとどちらの層にもピントが合っているように見えたりしますが(被写界深度が深い)、高倍率だとどちらかの層にしかピントが合いません(被写界深度が浅い)。
 「焦点深度」と「被写界深度」、ほぼイコールなのですが、厳密には違うわけです。前者はレンズに対して、後者はサンプルに対して使う言葉なのですね。

 と、エラそうに書いていますが、実はこの記事を書くために「焦点深度」について調べるまで、「被写界深度」という言葉を知りませんでした。そして、小生が「焦点深度」と思っていたのは「被写界深度」のことでした。
 生物の教科書や参考書では焦点深度の方がもっぱら使われていますが、その言葉の意味は説明されていません。また、被写界深度という言葉は、生物の教科書では見かけたことがありません。そりゃあ、「焦点深度」について正しく理解していなくても仕方がないところです。
 顕微鏡観察する時に念頭にあるのは、どのくらい調節つまみを動かしたらピントがずれるだろうかということよりも、対象物のどのくらいの範囲にピントが合っているか、ということだと思うのです。つまり、「焦点深度」よりも「被写界深度」の方が気にかかるはず。
 教科書の解説にも「被写界深度」の方を使えばよいのに、と思う次第です。

 「絞り」による光量調節や焦点深度について説明するため、顕微鏡よりも馴染のあるカメラを例にして教えようとするのですが、今どきの高校生はスマホのカメラしかいじったことがないので、全く理解してもらえません。(ちなみに、スマホのカメラは絞りが固定されていて、ISO感度を自動で調節してくれるので、暗いところでも写真が撮れます)
 もっとも、我々の世代もカメラといえばフルオート化したものが主流になっていたので、家庭用のカメラで光量調節やピント合わせなどほとんどやったことがありません。ましてや、レンズ付きフィルム、いわゆる使い捨てカメラにいたってはそのような調節機能が付いていませんでした。
 一眼レフカメラを使って初めてマニュアルで撮影したのは、大学の卒業論文作成ならびに卒論発表会のスライドを作る時でした。この時にフォーカスと絞りとISOなどについて教わり、自分で撮った写真を自分で現像し、そのフィルムからスライドを作成したものでした。
 今や、プレゼンに使われるのはパワーポイントばかり。簡単に作れて便利なんですけどね・・・。あのフィルムのスライドづくりに悪戦苦闘したのも懐かしい思い出です。

 さて、絞りの使い方について、千歳科学技術大の2016年度II期の問題です。リード文の途中から書きます。

 自然光による観察では、顕微鏡に( ウ )が入らない明るい水平な机の上に載せて、・・・(略)・・・試料が視野の中央にくるように( ク )をステージに載せ、クリップでとめる。顕微鏡を横から見ながら調節ねじを回し、ピントを合わせる。( ケ )を調節して見やすい明るさにする。( コ )を回転させて、観察しやすい( オ )レンズに切り替える。

 カッコの中には、ウ:直射日光、ク:プレパラート、ケ:絞り、コ:レボルバー、オ:対物、が入ります。これは全く問題ないですね。

問5.高倍率で観察を行うには( ケ )をどのように調節すると良いか答えなさい。

 倍率を上げると視野が暗くなるので、絞りを開いて光量を増やした方が良いでしょう。一方で、焦点深度が浅くなっているので、絞りを閉じて焦点深度を深くしてやりたいところです。
 さて、困りましたね。倍率を上げた時には絞りを開くべきか、閉じるべきか。
 倍率と光量と焦点深度の関係について、表面的な知識だけでは大いなる矛盾を感じてしまいます。

 答えをみてみると、高倍率だと視野が暗くなるので「絞りを開く」とありました。
 まあ、そうですね。普通は、絞りを絞ることで観察像がクリアになるメリットよりも、視野が暗くなって観察しにくくなるデメリットの方が大きいと思われるので、「絞りを開く」の方が適切でしょうね。確かに教科書にも、「一般に、高倍率では絞りを開く」と明記されています。
 しかし、この「一般に」というのが曲者で、「高倍率で絞りを開く」というのは絶対ではありません。

 反射鏡を使って集光する顕微鏡の場合は絞りを使って明るさを調節するしかありませんが、顕微鏡に照明器具が付いているならば、絞りを絞って焦点深度を深く保ったまま、視野を明るくすることもできます。
 小生は、細胞などを可視光で観察する時は、絞りは絞ったままで、照明のつまみで明るさを調節していました。ちなみに、蛍光を観察する時は絞りは全開です。一方、元上司のK氏は、照明マックスで、絞りの開閉で明るさを調節していました。
 どちらが正しい、ということはありません。操作のしやすさ(照明や絞りのつまみがどこについているか、どの程度微調整できるか、など)や好みは人それぞれで、自分にあった方法が一番です。

 千歳科学技術大の問題のリード文には「自然光による」と書かれています。つまり、反射鏡で光を集めるタイプの、高校生物の教科書に載っている、もっともオーソドックスな正立単眼顕微鏡を想定すべきですね。よって、倍率を上げた時には、絞りを開いて視野を明るくしなければなりません。

 さて、この問題は生物の教科書に従ったもので、特に過失はありません。今回、本当に書きたかったのは、すでにお気づきかもしれませんが、この問題のリード文に書かれているとってもおかしな点にあります。
 リード文をもう一度書き出してみます。先ほどはあえて下線を付けなかったのですが、実際の文章には問題のために下線が付されています。まさにおかしな点を強調するかのように。

 自然光による観察では、顕微鏡に( ウ )が入らない明るい水平な机の上に載せて、・・・(略)・・・試料が視野の中央にくるように( ク )をステージに載せ、クリップでとめる。@顕微鏡を横から見ながら調節ねじを回し、ピントを合わせる。( ケ )を調節して見やすい明るさにする。( コ )を回転させて、観察しやすい( オ )レンズに切り替える。

問4.下線部@のように顕微鏡を横から見ながら調節ねじを回し、ピントを合わせる理由を答えなさい。また、ピントを合わせる時に最も注意すべき操作手順を1つ答えなさい。

 いやいやいや、顕微鏡を横から見てもピントは合わせられないでしょ。対象物を見ないでどうやってピントを合わせるの。ちゃんと接眼レンズをのぞかなきゃ。

 まあ、この問題の言いたいことは分かるのですがね。
 「顕微鏡を横から見る」のは、ピントを合わせるためではありません。「対物レンズとプレパラートをできるだけ近づけた状態にするため」です。そこから、対物レンズとプレパラートが遠ざかるように動かせば、対物レンズとプレパラートがぶつかることなく、ピントを合わせられるからです。真っ当な受験生ならば反射的に答えることができます。
 入試問題の定番ですね。だからと言って、このような杜撰な文章は許されません。

posted by Mayor Of Simpleton at 00:18| Comment(0) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

第87回 顕微鏡をのぞくと目が疲れませんか?

 前回に引き続き顕微鏡のお話です。
 顕微鏡と一言で言っても、実に多様な顕微鏡があります。まず、電子線を使う電子顕微鏡と、光を使う光学顕微鏡があります。さらに光学顕微鏡には、可視光を当てて透過した光を観察するいわゆる普通の顕微鏡の他に、蛍光顕微鏡、偏光顕微鏡、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、共焦点顕微鏡、実体顕微鏡などなど、様々な顕微鏡があります。これらは目的に応じて使い分けなければなりませんが、全ての顕微鏡について正しい知識を持って使いこなすのは大変なことです。
 上に挙げたのは顕微鏡の特性に基づいた分け方ですが、単純に構造によって分けることもできます。例えば接眼レンズが一つだけの単眼顕微鏡と、二つある双眼顕微鏡とか。または、光を下から当てる正立顕微鏡と、上から当てる倒立顕微鏡とか。

 高校生物に登場する顕微鏡と言えば、ステージの下に反射鏡のついたオーソドックスな正立の単眼顕微鏡です。
 小学校4年生の頃、特にねだったりした記憶はないのですが、親が買ってくれました。最初は珍しがっていろいろ観察してみましたが、すぐに飽きてしまいました。高価な品を買ってもらったという感覚ではなかったのでしょうね。まあ、実際それほど高価なものではなかったと思います。そのせいか、あくまでも小生の個人的な感覚なのですが、単眼顕微鏡というのはなんとなく安っぽい品物というイメージなのです。
 大学の研究室に入ってからはもっぱら双眼顕微鏡を使わせてもらいました(大学一年次の生物学実習で使用した顕微鏡が単眼だったか双眼だったか、全く記憶にない)。卒業後も、仕事で使うのは双眼顕微鏡ばかりでした。なにしろ、双眼の方が観察しやすく、実用的なので当然ですよね。そのため、しばらくの間、単眼顕微鏡にお目にかかる機会がありませんでした。
 もはや過去の遺物のように感じていた単眼顕微鏡は、高校生物の教科書の中では未だに主役級の扱いをされているのには、当初驚きました。むしろ、双眼の方が特殊であるかのようです。なんか、少々時代遅れの感じがしないでもありません。
 もっとも、単眼でも双眼でも基本的な操作手順は同じなので、どちらを使って教えても構わないですけどね(双眼顕微鏡を使う場合には、きちんと両眼視できるように接眼レンズの幅が自分の目と合うように調節することと、両目同時に焦点が合うように接眼レンズのフォーカスを調節するという、二つの操作が加わります)。

 教科書以外では見なくなった(と小生が思い込んでいる)単眼顕微鏡は、高校ではまだまだ使われているのかしら。どこかではまだ活躍しているのかしら。
 ・・・と思っていたら、今年の夏に娘と行ったイベントで、河川の環境調査などを行っている研究機関のブースに単眼顕微鏡が鎮座しておりました。片目をつむってレンズの中を覗いてみると、ミジンコが触角バタバタさせていました。顕微鏡は他にも数台あり、ケイソウやクンショウモなどの淡水プランクトンが観察できました。
 双眼顕微鏡に慣れてしまっているので、片目で見るというのはとても疲れました。軽く片目を閉じるだけで良いのですが、何かを観察しようとするとついつい力が入ってしまいます。そのため、片目を閉じた状態を維持するのにとてもエネルギーが必要です。

 ともあれ、単眼顕微鏡はまだまだ現役で活躍しているようです。河川の環境調査など、フィールドワークの多い研究機では、持ち運びしやすい単眼顕微鏡が便利なのかもしれません。
 加えて、この展示で単眼顕微鏡が使われているのには、もう一つ理由があるように思いました。それは、一般の人(顕微鏡をのぞくのに慣れていない人)には、単眼の方が見やすいからではないか、ということです。
 慣れてない人にとっては、実は双眼顕微鏡を両目で見るのが難しいのです。まず、接眼レンズの幅をうまく調節できないと、両眼視ができません。ですが、スタッフの方から「さあどうぞ、覗いてください」と勧められても、一般の方の多くは差し出されたままの状態で観察してしまいます。ピントは調節できるのですが、目の幅は調節せずに覗いています。目の幅があっていないと見にくいと思うのですが、観察者はレンズをいじって良いものか分からないのでしょう、違和感を持ったまま耐えて観察しているようです。
 そういえば、かつて大学で非常勤講師をやっていた時に、生物学実験実習の初回、双眼顕微鏡に初めて触れる学生にも、うまく両眼視ができなくて苦戦するものが少なからずいました。実習の回数を重ねるうちにできるようになっていくんですけどね

 さて、前置きはこのくらいにして、今回の問題は立正大2015年度の入試問題です。

問 光学顕微鏡(実体顕微鏡を含む)の説明として正しいものを下から全て選びなさい。
a. 光学顕微鏡には可視光線を用いるものと電子線を用いるものとがある。
b. 光学顕微鏡による観察は、原則として両目を開けて行う。
c. 接眼レンズが10倍、対物レンズが40倍のときの倍率は50倍になる。
d. 光を透過しない厚みのある試料は、光学顕微鏡では観察できない。
e. フックは光学顕微鏡を用いて細胞を発見した。


 a. 電子線を用いるのは電子顕微鏡ですね。
 b. 双眼顕微鏡ならば両目で観察しますが、単眼顕微鏡の場合は片目で観察します。
 c. 10倍と40倍のレンズを使うと400倍ですね。
 d. 実体顕微鏡ならば厚みのあるある試料を観察できます。
 e. フックの時代には電子顕微鏡は存在してないので、フックが使ったのは当然光学顕微鏡です。
 というわけで、正しいのはeだけです。
 ・・・ところが、なんと正解はb、eとなっています。
 いやいやいや、単眼顕微鏡で両目を開けていたら、レンズを覗いていない方の眼に余計なものが映ってしまい、集中して観察できないぢゃないですか。

 選択肢の文章にある「原則として」というのが双眼顕微鏡を意味しているのでしょうか。単眼顕微鏡は例外である、と。
 しかし、高校生物の教科書では誰が何といおうと単眼顕微鏡が主流です。高校の授業や部活動などで単眼顕微鏡を使ったことのある生徒ならば、選択肢bは誤りであると答えるでしょう。それで正しいのですが、この入試ではバツにされてしまったのですね。
 立正大では生物学実習に双眼顕微鏡を使っているのでしょうかね。そのため、単眼顕微鏡のことがすっかり忘れ去られてしまったのではないかと邪推しています。

 ところで、単眼顕微鏡でも両目を開けて観察することがあります。それはスケッチをとる時です。今日ではカメラを装着した顕微鏡ならば観察した像を簡単に写真に残すことができますが、昔は手書きの図を残すしかありませんでした。
 スケッチをとる時、顕微鏡を覗いて対象物の形を覚え、顕微鏡から目を離して画用紙に描くというのが最も簡単な方法で、初心者のやり方です。しかし、これは対象物から目を離すため、必ずしも正確な図を書くことができません。すこし慣れてくると、利き手ではない側の眼で顕微鏡を覗き、利き手側の眼で画用紙を見るという方法があります。目を交互に閉じて、意識を対象物と画用紙に交互に移しながら描けるようになります。
 しかし、これではまだまだです。より正確に描くには、片方の目で顕微鏡を、他方の眼で画用紙を、同時に見ながら描きます。顕微鏡と画用紙を同時に見ようとすると、両眼視差があるために、顕微鏡の中の対象物と画用紙が重なって見えます。そこで、対象物をなぞるように鉛筆を滑らせると、画用紙の上に正確な絵が描けるのです。
 ですが、これがかなり難しい。できる人は「簡単だ」と言うのだけれど、小生にはできません。やってみたことはありますが、まったく上手く描けません。
 ヒトの眼は離れているので右目の網膜と左目の網膜に映った像は少し角度がずれていて、これを脳で処理するときに物体を立体的にとらえることができるのです。しかし、顕微鏡と画用紙を同時に見ると、右目と左目に全く違うものが映っているのだから脳が軽くパニックを起こしてしまいます。頭と目が疲れるのも当然で、視覚野のあたりが痛くなってきます。
 つくづく思うのです。やはり、単眼顕微鏡は両目を開けて見るものではないな、と。

ラベル:立正大 顕微鏡
posted by Mayor Of Simpleton at 01:48| Comment(0) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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