2013年04月30日

第24回 キセニアって何が難しいの?

 予備校で講師を始めてから、キセニアと言う単語に久しぶりに出会いました。大学に合格した後はお目にかかった記憶が無いので、かれこれ20年以上もご無沙汰していました。いやあ、懐かしい言葉ですなあ。
 高校生の当時、このキセニアが理解できなくて大いに悩んだものでした。
「重複受精によって胚乳ができて、その形質に花粉の持つ遺伝形質が表れることがある」・・・なんの不思議もない。しかし、参考書では高度な内容として有り難そうに奉られています。きっと自分の理解が間違っているんだろうと思っていました。
 そこで、生物の教師に尋ねると、「いや、間違っていないよ」と。しかし、「ややこしいことになるから、あまり深く考えるな」と付け加えられて、よけいにモヤモヤしたものです。仕方がないので、入試に出ないことを祈り続けました。
 久しぶりにお会いしたキセニア。高校生の頃と同じままでは、生徒にきちんと教えられないので、改めて勉強し直しました。で、やはり何故そんなに難しいことのように教えているのか分かりません。ですが、高校の教師が「あまり深く考えるな」と言った理由が分かってきました。

 キセニアは被子植物の胚乳で起こる現象です。胚乳は中央細胞(2n)に精細胞が受精してできるもので、一般の細胞と異なって核相が3nです。この特殊な核相が分かり難さの原因でしょうか。
 いやいや、そんなことはありません。核相は3nですが、一般の細胞と同じ優性の法則に則っています。つまり、父方からでも母方からでも構わないので、優性遺伝子があればその形質が発現します。
 しかし参考書などでは、キセニアとは「重複受精を行う被子植物において、種子の胚乳形質にただちに雄親(花粉)の形質が表れる現象」と説明されています。この文章を無垢な人が読んだら、「胚乳には必ず雄親の形質が表れるの?」と勘違いしそうです。
 母方の形質に関わりなく、父方の形質が優先的に表れるとしたら、それは優性の法則に反することになります。しかし、そんなことはありません。母方が優性ホモで父方が劣性ならば、胚乳には優性形質、つまり母方の性質が表れます。

 また、「被子植物で、花粉の優性遺伝子が、受粉した際に、その胚乳(はいにゅう)の形質を支配する現象」(デジタル大辞泉)と説明されることもあります。しかし、これでは説明が不完全です。キセニア現象が見られるのは、花粉が優性遺伝子を持つ時だけではありません。
 例えば、母親の遺伝子型がヘテロだった場合、表現型は優性形質になります。この母親から劣性遺伝子を持った配偶子ができ、劣性の父親の配偶子と受精すると、次世代は劣性ホモとなり、母親とは違う形質になります。この場合も、胚乳に雄親の形質が表れるので、キセニアの一つとなります。
 このように、キセニアと言う現象の分かりにくさの一因は、説明の拙さにあるようです。しかし、これだけなら話は簡単で、そんなに悩む必要もありません。きちんと説明してやれば良いのですから。キセニアの分かりにくさの根はもっと深いのです。

 キセニアは農業上重要な現象で、期待していたものと異なる性質の作物ができてしまうことが問題となります。よく例に挙げられるコメについて説明すると、モチ米(劣性形質)の種を播いて育てたのに、ウルチ米(優性形質)が生ってしまうことがあります。モチ米ができると思っていたのにウルチ米が生ってしまった、これはどうしたことなのでしょうか?
 これはどこからか飛んできたウルチ米の花粉が受粉したせいです。遺伝を学ぶ前に、すでに生物の発生のところで重複受精について学んでいる生徒にとっては不思議でもなんでもないことです。次世代の表現型に、母方のものではなく父方のものが出ることもありうることは、優性の法則としてしっかり習いました。
 しかし、時代を遡ってフォックがこの言葉を提唱した当時(1881年)は、重複受精と言うものがまだ知られていませんでした。そのため、次世代となるは胚の部分だけで、胚乳は種皮と同じく母親由来の細胞でできていると考えられていたのです。受粉によって本来現れるはずの母親の形質ではなく、父親の形質が表れてしまうというのは、実に不思議な現象だったのです。
 重複受精がナヴァシンによって発見されたのは1898年のことです。被子植物では、卵細胞だけでなく別の場所でも同時に受精が起きているなどと言うことは、当時の知識では常識外れだったかもしれません。しかし、この事実が明らかになったことで、胚乳にも父方の遺伝子が入っているので、その影響が出るのは当たり前のことと理解されるようになりました。

 重複受精の仕組みが分かっている現在では、キセニアという現象は遺伝学上なんの不思議もない現象なんです。なのに、さも不思議な現象のように扱っているものだから、誤解が生じるのです。キセニアに関して何か正体不明のモヤモヤを感じている人は、遺伝の仕組みが理解できているんだと思いますよ。だから、深く考えなくて良いのです。
 このブログでよく登場する、日本一詳しい高校生物の参考書であることを自称している『大学入試完全網羅生物I・IIのすべて』(中経出版、2011年発行)には、「胚乳は母親の組織だと考えられていた」とちゃんと載っています。さすがだ。

 キセニアという用語が今も残っているのは、上にも書きましたが、農学上重要な現象だからです。キセニアが問題となるのは、種子の胚乳(つまり次世代)を食べる作物の場合で、その代表がイネとトウモロコシです。
 イネの場合は、モチ米の中にウルチ米が混じらないように品種管理に気を付けなければなりません。ウルチ米の花粉が受粉しないように栽培地域を隔てたり、栽培時期をずらすなどの処置が必要です。トウモロコシの場合も、飼料用品種の花粉が受粉すると食味が落ちるため、注意が必要です。
 一方、果実の場合は、キセニアが問題になることはほとんどありません。可食部である果肉は母親の組織なので花粉の影響を受けません。種子の中では当然ながらキセニア現象が起きていますが、種子の食感を楽しんだりしないので特に話題にしないのです。

 では、種子を食べるマメ科植物の場合はキセニアは問題とならないのでしょうか?
 マメ科植物の場合、自然な状態では自家受精するので、母親と違う形質の種子ができることが極めて稀なのです。当然ながら、メンデルが実験したように人工的に他家受精させれば、母方の形質ではなく父方の形質を持った種子ができることがあります。例えば、マメの形について、シワ豆の♀と丸豆の♂を交配すると、シワ豆の♀に生ったマメは丸豆で、種子の形質に父方の影響がただちに表れます。
 メンデルがエンドウマメで遺伝の実験を行ったのは、フォックによってキセニアという名称が与えられるよりも20年以上前のことです。メンデルはこの現象を不思議に思わなかったのでしょうか?そして、この現象をキセニアとは呼ばないのでしょうか?
 マメ科植物は無胚乳種子で、種子の形を決めているのは胚由来の子葉の形質なのです。無胚乳種子も重複受精をするのですが、胚乳の発育がすぐに停止し、その代わりに子葉に栄養が溜まっていくのです。つまり、エンドウマメの種子の形質は胚乳の形質ではないのでキセニアとは呼ばないのです。胚由来の子葉は次世代のものであり、母親の組織ではないということが当然わかっていたので、これは不思議な現象ではなかったと言うことです。

posted by Mayor Of Simpleton at 09:51| Comment(0) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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