リード文
・・・有害物質の解毒、たとえばアルコールや薬物などを無害な物質へ変化させるほか体内の各組織で生じた有害な( A )を毒性の低い物質につくり変え、体外へ排出させるため、尿に溶けやすくさせる。そして、イ古くなった赤血球のヘモグロビンを分解したり、脂肪の消化を助ける胆汁をつくったりもする。
問3 文中の空欄( A )に入る物質は主にどのような物質が分解されて生じるのか。最も適当なものを、次のa~eのうちから一つ選びなさい。
a. デンプン b. 脂肪酸 c. アミノ酸 d. コレステロール e. ヘモグロビン
問4 文中の下線イの分解ではどのような物質が生じるのか。最も適当な組み合わせを、下のa~jのうちから一つ選びなさい。
@ フィブリン A ビリルビン B アンモニア C 鉄イオン D コレステロール
a. @A b. @B c. @C d. @D e. AB
f. AC g. AD h. BC i. BD j. CD
リード文は肝臓の機能に関する文章です。この(A)に入るのはアンモニアですね。
では、問3を見てみましょう。どのような物質が分解されてアンモニアが生じるか?という問題です。
アンモニアは窒素を含む分子です。ですから、アンモニアを生じさせる元の分子も窒素が含まれていなければなりません。つまり、この問題は選択肢の中から窒素化合物を選びなさい、と言っているのと等しいわけです。窒素化合物というと、代表はやはりアミノ酸ですね。そして、アミノ酸が重合したタンパク質。その他に、核酸(DNAやRNA)があります。
選択肢のうち、デンプン、脂肪酸、コレステロールは、炭素、水素、酸素のみでできており、窒素は含まれていません。
これらを除いた残り、cのアミノ酸とeのヘモグロビンが窒素化合物で、分解するとアンモニアを生じます。問題は「最も適当なものを一つ選べ」ということなので、二つのうちどちらかを選択しなければなりません。
教科書通りの答えを出すならば、「c. アミノ酸」を選ぶべきでしょうね。
e.のヘモグロビンはタンパク質の一種で、分解されるとアミノ酸となり、さらに分解されてアンモニアを生じます。ですが、問題文には「主にどのような物質・・・」と書かれています。タンパク質はヘモグロビンの他にもたくさんの種類があり、それらもみな、分解されればアンモニアを生じるので、ヘモグロビンが主であるとは言い難い。よって、この問題の解答としては不適当だと判断します。
では、問4に行きましょう。ヘモグロビンを分解すると何ができるか?という問題です。
答えを出す前に、ヘモグロビンの構成についておさらいしましょう。ヘモグロビンは『αサブユニットとβサブユニットと呼ばれる2種類のサブユニットそれぞれ2つから構成される四量体構造をしている。各サブユニットはグロビンと呼ばれるポリペプチド部分と補欠分子族である1つのヘム部分が結合したもので、分子量は1個あたり約16,000である。αサブユニットは141個のアミノ酸からなり、βサブユニットは146個のアミノ酸から成る。ヘモグロビン分子全体(α2β2)の分子量は約64,500であり、ヘムを4つ含む。ヘムは価数が2価の鉄原子を中央に配位したポルフィリン誘導体である』(ヘモグロビン−ウィキペディアより)。
ヘモグロビンを分解すると、グロビンというタンパク質とヘムに分かれます。ヘムはポルフィリン環に鉄イオンが結合したものですが、ポルフィリン環が開裂する時に鉄イオンが外れます。開裂したポルフィリン環はビリベルジンとなり、さらに還元されてビリルビンとなります。
タンパク質のグロビンはアミノ酸へと分解され、さらにアンモニア、二酸化炭素、水にまで分解することができます。含硫アミノ酸もあるので硫酸もできたりします。
以上を踏まえて問4の選択肢を見ると、ヘモグロビンが分解されてできるもので選択肢にあるのはAビリルビン、Bアンモニア、C鉄イオン、の3つです。
@のフィブリンは血液凝固に関わるタンパク質でヘモグロビンとは関係ありません。Dのコレステロールは脂質の一種で、ステロイドホルモンの材料となりますが、これまたヘモグロビンとは全く関係ありません。
そこで@もしくはDを含む組わせを除くと、e. AB、f. AC、h. BCが残ります。さて、困りました。答えの候補が3つもあります。いったいどれを選べば良いのでしょうか?
教科書でヘモグロビンが登場するのは血液の循環のところです。そこでは、ヘモグロビンは酸素を運搬するタンパク質で鉄原子を持っていることが説明されています。また、肝臓の機能のところで、「不要となった赤血球は破壊され、ヘモグロビンが分解してビリルビンとなり、これがいわゆる大便の色である」ということを学びます。
これらを踏まえて赤本さんの答えを見てみると、やはりf.となっています。つまり、AビリルビンとC鉄イオンの組み合わせです。
この答えは、高校生物の教科書に則った優等生的な解答です。大学は正解を公表していませんが、大学が用意した答えも同じだろうと思います。
ですが、果たしてこれで良いのでしょうか?ヘモグロビンの分解産物として、アンモニアは不適当なのでしょうか。
ヘモグロビンを分解すると、4つのグロビン(サブユニット)と4つのヘムに分かれます。グロビンをすべて分解すると、全部で141+141+146+146=574個のアミノ酸になります。1個のアミノ酸からアンモニアが1分子できるとすると(リジンのようなアミノ基を2つ持つアミノ酸の場合はアンモニアが2分子できますが、面倒臭いので、アミノ酸1個に付き一律1個のアンモニアとします)、1個のヘモグロビンから574分子のアンモニアができます。
また、1個のヘムからは、鉄イオンは1個、ビリルビンも1個しかできないので、1個のヘモグロビンにつき4個の鉄イオンと4個のビリルビンということになります。
表現を変えると、1モルのヘモグロビンから、574モルのアミノ酸と、4モルの鉄イオンと、4モルのビリルビンができます。このように、モル数で考えると、アンモニアが一番多く、鉄イオンとビリルビンは同点となります。しかし、これでは鉄イオンとビリルビンのどちらが優位か判定できません。
そこで、重さで比べてみましょう。アンモニアの分子量は17.0、鉄原子の原子量は55.8、ビリルビンの分子量は584.7で計算します。アンモニアは17.0 x 574 = 9758 g、鉄原子は55.8 x 4 = 223.2 g、ビリルビンは584.7 x 4 = 2338.8 gとなり、アンモニアが一番重く、次にビリルビンということになりました。
問題は、最も適当な組み合わせを選べ、となっています。ヘモグロビンを分解して生じる、ビリルビン、鉄イオン、アンモニアの3つの中で、量の多い順にアンモニアとビリルビンを選ぶのが最も適当ではないでしょうか。よって、本ブログが導き出した答えはe. ABであります。
ともあれ、この問題、正解が複数ある点で悪問と言って良いでしょう。
教科書のなかでヘモグロビンが登場するところだけを読めば、ヘモグロビンが壊れると鉄イオンとビリルビンができるということが容易に分かります。一方、ヘモグロビンを分解するとアンモニアができるということは、わざわざ書かれていません。
教科書に書かれていることの表面だけをなぞるような理解の仕方だと、ヘモグロビンからアンモニアができるということに気付かないのかもしれません。しかし、「タンパク質が分解するとアミノ酸になる」ということは、「ヘモグロビンが分解してビリルビンができる」ということよりも、もっと基本的な内容です。そして、アミノ酸からアンモニアができるというのは、まさに問3に出ている通りです。国公立大を志望するくらいの学力のある生徒ならば、この問題がおかしいことに容易に気付くでしょう。
一方、この問題の作成者は、ヘモグロビンからアンモニアは生じないと思っているのではないか、と疑いたくなります。そう考えると問3も、アンモニア源としてのヘモグロビンの寄与はわずかしかないという踏み込んだ考察をする必要もなくなります。
表面的な理解しかない人物が入試問題を作ってるかと思うと腹立たしくなります。こんな問題で人生を左右する一大事の合否を決められてはかないません。
大学側は入試で学生を選抜する前に、入試問題を作成する教員の見究めからやり直すべきではないでしょうか。

