2017年05月12日

第94回 ヘモグロビンを分解すると・・・

 前回に続いて女子栄養大の入試問題(2015年度2期)で、ネタ元は赤本です。

リード文
・・・有害物質の解毒、たとえばアルコールや薬物などを無害な物質へ変化させるほか体内の各組織で生じた有害な( A )を毒性の低い物質につくり変え、体外へ排出させるため、尿に溶けやすくさせる。そして、イ古くなった赤血球のヘモグロビンを分解したり、脂肪の消化を助ける胆汁をつくったりもする。

問3 文中の空欄( A )に入る物質は主にどのような物質が分解されて生じるのか。最も適当なものを、次のa~eのうちから一つ選びなさい。
a. デンプン  b. 脂肪酸  c. アミノ酸  d. コレステロール  e. ヘモグロビン

問4 文中の下線イの分解ではどのような物質が生じるのか。最も適当な組み合わせを、下のa~jのうちから一つ選びなさい。
@ フィブリン  A ビリルビン  B アンモニア  C 鉄イオン  D コレステロール
a. @A  b. @B  c. @C  d. @D  e. AB 
f. AC  g. AD  h. BC  i. BD  j. CD


 リード文は肝臓の機能に関する文章です。この(A)に入るのはアンモニアですね。
 では、問3を見てみましょう。どのような物質が分解されてアンモニアが生じるか?という問題です。
 アンモニアは窒素を含む分子です。ですから、アンモニアを生じさせる元の分子も窒素が含まれていなければなりません。つまり、この問題は選択肢の中から窒素化合物を選びなさい、と言っているのと等しいわけです。窒素化合物というと、代表はやはりアミノ酸ですね。そして、アミノ酸が重合したタンパク質。その他に、核酸(DNAやRNA)があります。
 選択肢のうち、デンプン、脂肪酸、コレステロールは、炭素、水素、酸素のみでできており、窒素は含まれていません。
 これらを除いた残り、cのアミノ酸とeのヘモグロビンが窒素化合物で、分解するとアンモニアを生じます。問題は「最も適当なものを一つ選べ」ということなので、二つのうちどちらかを選択しなければなりません。
 教科書通りの答えを出すならば、「c. アミノ酸」を選ぶべきでしょうね。
 e.のヘモグロビンはタンパク質の一種で、分解されるとアミノ酸となり、さらに分解されてアンモニアを生じます。ですが、問題文には「主にどのような物質・・・」と書かれています。タンパク質はヘモグロビンの他にもたくさんの種類があり、それらもみな、分解されればアンモニアを生じるので、ヘモグロビンが主であるとは言い難い。よって、この問題の解答としては不適当だと判断します。

 では、問4に行きましょう。ヘモグロビンを分解すると何ができるか?という問題です。
 答えを出す前に、ヘモグロビンの構成についておさらいしましょう。ヘモグロビンは『αサブユニットとβサブユニットと呼ばれる2種類のサブユニットそれぞれ2つから構成される四量体構造をしている。各サブユニットはグロビンと呼ばれるポリペプチド部分と補欠分子族である1つのヘム部分が結合したもので、分子量は1個あたり約16,000である。αサブユニットは141個のアミノ酸からなり、βサブユニットは146個のアミノ酸から成る。ヘモグロビン分子全体(α2β2)の分子量は約64,500であり、ヘムを4つ含む。ヘムは価数が2価の鉄原子を中央に配位したポルフィリン誘導体である』ヘモグロビン−ウィキペディアより)。

 ヘモグロビンを分解すると、グロビンというタンパク質とヘムに分かれます。ヘムはポルフィリン環に鉄イオンが結合したものですが、ポルフィリン環が開裂する時に鉄イオンが外れます。開裂したポルフィリン環はビリベルジンとなり、さらに還元されてビリルビンとなります。
 タンパク質のグロビンはアミノ酸へと分解され、さらにアンモニア、二酸化炭素、水にまで分解することができます。含硫アミノ酸もあるので硫酸もできたりします。

 以上を踏まえて問4の選択肢を見ると、ヘモグロビンが分解されてできるもので選択肢にあるのはAビリルビン、Bアンモニア、C鉄イオン、の3つです。
 @のフィブリンは血液凝固に関わるタンパク質でヘモグロビンとは関係ありません。Dのコレステロールは脂質の一種で、ステロイドホルモンの材料となりますが、これまたヘモグロビンとは全く関係ありません。
 そこで@もしくはDを含む組わせを除くと、e. AB、f. AC、h. BCが残ります。さて、困りました。答えの候補が3つもあります。いったいどれを選べば良いのでしょうか?

 教科書でヘモグロビンが登場するのは血液の循環のところです。そこでは、ヘモグロビンは酸素を運搬するタンパク質で鉄原子を持っていることが説明されています。また、肝臓の機能のところで、「不要となった赤血球は破壊され、ヘモグロビンが分解してビリルビンとなり、これがいわゆる大便の色である」ということを学びます。
 これらを踏まえて赤本さんの答えを見てみると、やはりf.となっています。つまり、AビリルビンとC鉄イオンの組み合わせです。
 この答えは、高校生物の教科書に則った優等生的な解答です。大学は正解を公表していませんが、大学が用意した答えも同じだろうと思います。
 ですが、果たしてこれで良いのでしょうか?ヘモグロビンの分解産物として、アンモニアは不適当なのでしょうか。

 ヘモグロビンを分解すると、4つのグロビン(サブユニット)と4つのヘムに分かれます。グロビンをすべて分解すると、全部で141+141+146+146=574個のアミノ酸になります。1個のアミノ酸からアンモニアが1分子できるとすると(リジンのようなアミノ基を2つ持つアミノ酸の場合はアンモニアが2分子できますが、面倒臭いので、アミノ酸1個に付き一律1個のアンモニアとします)、1個のヘモグロビンから574分子のアンモニアができます。
 また、1個のヘムからは、鉄イオンは1個、ビリルビンも1個しかできないので、1個のヘモグロビンにつき4個の鉄イオンと4個のビリルビンということになります。
 表現を変えると、1モルのヘモグロビンから、574モルのアミノ酸と、4モルの鉄イオンと、4モルのビリルビンができます。このように、モル数で考えると、アンモニアが一番多く、鉄イオンとビリルビンは同点となります。しかし、これでは鉄イオンとビリルビンのどちらが優位か判定できません。
 そこで、重さで比べてみましょう。アンモニアの分子量は17.0、鉄原子の原子量は55.8、ビリルビンの分子量は584.7で計算します。アンモニアは17.0 x 574 = 9758 g、鉄原子は55.8 x 4 = 223.2 g、ビリルビンは584.7 x 4 = 2338.8 gとなり、アンモニアが一番重く、次にビリルビンということになりました。
 問題は、最も適当な組み合わせを選べ、となっています。ヘモグロビンを分解して生じる、ビリルビン、鉄イオン、アンモニアの3つの中で、量の多い順にアンモニアとビリルビンを選ぶのが最も適当ではないでしょうか。よって、本ブログが導き出した答えはe. ABであります。

 ともあれ、この問題、正解が複数ある点で悪問と言って良いでしょう。
 教科書のなかでヘモグロビンが登場するところだけを読めば、ヘモグロビンが壊れると鉄イオンとビリルビンができるということが容易に分かります。一方、ヘモグロビンを分解するとアンモニアができるということは、わざわざ書かれていません。
 教科書に書かれていることの表面だけをなぞるような理解の仕方だと、ヘモグロビンからアンモニアができるということに気付かないのかもしれません。しかし、「タンパク質が分解するとアミノ酸になる」ということは、「ヘモグロビンが分解してビリルビンができる」ということよりも、もっと基本的な内容です。そして、アミノ酸からアンモニアができるというのは、まさに問3に出ている通りです。国公立大を志望するくらいの学力のある生徒ならば、この問題がおかしいことに容易に気付くでしょう。

 一方、この問題の作成者は、ヘモグロビンからアンモニアは生じないと思っているのではないか、と疑いたくなります。そう考えると問3も、アンモニア源としてのヘモグロビンの寄与はわずかしかないという踏み込んだ考察をする必要もなくなります。
 表面的な理解しかない人物が入試問題を作ってるかと思うと腹立たしくなります。こんな問題で人生を左右する一大事の合否を決められてはかないません。
 大学側は入試で学生を選抜する前に、入試問題を作成する教員の見究めからやり直すべきではないでしょうか。

posted by Mayor Of Simpleton at 01:03| Comment(2) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

第93回 某大の赤本の生物の解答が手抜きな理由

 これまでにいろんな大学の、いろんな問題を取り上げてきました。その中には明らかに入試問題として不適切だと言い切れるものから、甚だしい言いがかりまでありました。
 今回紹介するのは、大学側からの謝罪があってもよいくらいの重大な出題ミスです。

 取り上げるのは女子栄養大2016年度1期の問題です。ネタ元は赤本です。ちょっと詳しく問題を説明しておきましょう。
 細菌の細胞分裂に関する大問なのですが、前半と後半に分かれています。前半では細菌を培養し、その経過時間と細菌数の関係が表になっています。そこから細菌数が倍加する時間が分かるようになっていて、それをもとにした問題が出されています。後半では、フローサイトメーターでDNA量の相対量を調べ、細胞周期に関して問題が出されています。
 前半部はおかしな点がないので省略します。後半部を以下に記します。図は小生がエクセルで作ったものですが、こんな感じの図だと思ってください。
第93回図.jpg

問題2
問3 図1は、・・・6000個の細菌を採集して、細菌あたりのDNA量を測定した結果のまとめである。下の文中の空欄(ア)(イ)(ウ)に入る語はどれか。・・・

 図1の棒グラフの(ア)は「S期」の細菌である。(イ)は「G2期」の細菌と「M期」の両方の時期の細菌である。(ウ)は「G1期」の細菌である。

問4 図1で測定した6000個の細菌のうち、「DNA合成の時期」の細菌数は1500個、「分裂期」の細菌数は300個であった。分裂前の二つの核を持つ細菌は計算上無視できるほどの数であるとすると、この時、細胞周期のそれぞれの時期に要する時間の割合はどれか。・・・(選択肢は省略)


 みなさん、すぐにお気付きになったと思います。そうです、細菌に核はありませんね。「二つの核を持つ細菌は計算上無視できるほどの数」って、そりゃそうでしょう、そんなもの存在しないのだから。
 原核細胞には核が無いというのは、高校生物の初歩中の初歩です。こんなことが試験問題に堂々と書かれているなんて、全く信じられません。しかも、この年の問題に原核細胞と動物細胞と植物細胞の違いに関して、核と細胞膜と細胞壁の有無を答えさせる問題が出ているくらいです。原核細胞に核があると答えても良いのかしらん。

 しかし、もっと決定的な欠陥がこの問題にはあります。それは「G2期の細菌」という文言です。いいですか、細菌(原核細胞)の細胞周期にG2期は存在しません

 M期→G1期→S期→G2期→M期→・・・という細胞周期は、じつは真核細胞のみに通用するものであって、原核細胞には適用できません。
 原核細胞の細胞分裂の仕組みは高校生物の教科書には載っていないので、これについて受験生は知らなくても当然なのですが、試験を出す側の人間は知らなかったでは済まない問題です。

 原核細胞の細胞分裂の仕組みについて、詳しくは他のサイト(例えばココ)を参照して下さい。ここでは簡単に説明します。
 原核細胞では、環状DNAの中の1か所、複製開始点(ori)と呼ばれる部位の二重らせんがほどけ、そこから複製が開始します。つまり、まず最初に複製されるのがoriの部分です。複製されて2つになったoriは、全体の複製が終わらないうちに、両極へと移動し始めます。DNAの複製フォークは、環の反対側でぶつかり、DNAの複製が完了します。
 真核細胞の場合、DNAの複製が終了した時点では、2本の娘DNA(姉妹染色分体)はコヒーシンによって互いに接着しています。ところが、原核細胞では、DNAの複製終了時にはoriは細胞の両極に到達しており、二つの娘DNAは完全に離れてしまいます。この点が、真核細胞と原核細胞の細胞分裂の大きな相違点です。
 細胞周期で考えてみると、真核細胞ではS期にDNAを複製し、G2期には娘DNAは接着したままで、M期の後期になって分離します。一方、原核細胞ではDNAの複製終了時には娘DNAがすでに分離しているので、S期の次はM期後期ということになるのです。つまり、原核細胞にはG2期とM期の前期中期が存在しないのです。

 上に記した問4は、細胞周期における各ステージの時間の割合を答えさせる問題です。選択肢は省略しましたが、S期、M期、G1期の数値が挙げられており、その中から正しい組み合わせを選ばせるようになっています。G2期の値は問われていないのですが、どの選択肢もS期、M期、G1期を合わせても100%にならないので、この問題では確かにG2期が存在することになっています。
 明らかに問題の設定がおかしいわけで、問題文の通りに考えると、生物学的には正しい選択肢が存在しないことになります。とんでもない大失態です。
 これが国公立大学や、有名私立大の入試問題だったら大騒ぎになっていることでしょう。それほどレベルの高くない大学だから騒ぎになっていないのですかねえ。小生は由々しき問題だと思われるのですが。

 そもそも、どうしてこんな過ちが起きてしまったのでしょうか。
 それはきっと、他大学の入試問題や問題集に載っていた問題を、安易に改変したためだと思います。細菌の増殖速度に関する問題と、真核細胞の細胞周期に関する問題と、別々の問題を1つの大問にまとめようとしたのが過ちの始まりです。材料となる生物が異なっているので、どちらかに統一しようとして、真核細胞を細菌に変えてしまったのでしょう。
 元は真核細胞を材料とした実験の問題だったということは、「分裂前の二つの核を持つ・・・」という文言が残っているあたりに顕れています。整合性が取れているか考えもせず、真核細胞を細菌に置き換えてしまった問題作成者の迂闊さが見て取れます。
 ふと思ったのですが、他大学の入試問題をパクっても怒られたりしないのですかねえ。機会があったら調べてみたいと思います。

 ところで、このような重大なミスに赤本さんは気付いていたのでしょうか。どんな解説をしているのだろうかと、とても気になります。
 ところが、女子栄養大の赤本では、生物の解答のページには模範解答だけが記されていて、解説はありません。解答は無難に、真核細胞を使った場合の、つまり、M期→G1期→S期→G2期→という明確なステージ分けができる場合の選択肢が選ばれています。原核細胞ではこの問題が成立しないということには目をつむったようです。どんな解説をしているのか楽しみだったのですが、肩透かしを食らった感じです。
 女子栄養大に限ったことではないのですが、その大学の入試において「生物」の占めるウェイトがあまり大きくない場合は、赤本の解答のページに解説がついていないことが多々あります。まったく手抜きではないのか、と憤慨したくもなります。受験生は高いお金を出して購入するわけですから、ちゃんと解説を付けてほしいところです。
 しかし、敢えて解説を付けない諸般の理由がきっとあるのかもしれません。ふと思ったのですが、明らかな過失のある問題に解説を付けるのを避けるためではないでしょうか。
 赤本さんの場合、大学からの情報というものが非常に大事ですから、大学関係者の心証を害したくはないはずです。ですから、とんでもない悪問に遭遇しても、「こんなレベルの低い問題を出してんじゃねーぞ、ばーか」などと書けるはずもありません。
 赤本の解説は、塾講師がアルバイトで書いていることが多いそうです。もし紙面が与えられたならば、得々と解説したくなるのが講師というものです。ミスを見て見ぬふりをするなんてできるはずもありません。
 しかし、端っから紙面がなければ書きようがありません。
 生物の入試問題の作成に力を注いでいないと思われる大学の場合は、過失のある問題に出会う可能性が高いので(あくまで小生の偏見です)、その防衛策として解説を付けていないのではないだろうかと勘ぐっている次第です。
posted by Mayor Of Simpleton at 00:22| Comment(0) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

【読書】どこでもへっちゃらスーパーアニマル大全集 世界でいちばんつよいのはだれ?

ニコラ・デイビス 作
ニール・レイトン 絵
唐沢則幸 訳
今泉忠明 監修 
2006年 フレーベル館

 きみならあっというまに死んじゃうようなところでも、いろいろな生き物がいろいろな場所で元気に生きている。そんなおどろくべきスーパーアニマルを、いっしょにさがしにいこう!世界でいちばんつよいのは、フウセンウナギ?ホッキョクグマ?ハチドリ?それともイグアナ?こたえは、この本の中にあるよ。(「BOOK」データベースより)

 娘のために図書館で借りてきた絵本です。とはいうものの、文字が多く、説明的な文章です。絵本にしてはかなり科学的な内容で、分かりやすく説明していますが、高度な専門的知識も含まれています。小学生の高学年から中学生向きかな。生物に興味がある人ならば、大人でも楽しめると思います。

 内容は、寒さに強い生物は何かから始まって、体温の変化に強い生物、乾燥に強い生物、飢餓に強い生物、高温に強い生物、高圧に強い生物と、それぞれどんな生物がどんな仕組みで生き抜いているのか書かれています。そして、「いくら過酷な環境に強くても、いつかは死んじゃうよね」、ということで寿命の話となり、植物の種子が動物の寿命よりもはるかに長い年月を経て発芽した例が紹介されています。
 で、結論はネタバレになってしまいますが、極限的環境に耐え、何百年もタル状態で生き続けるクマムシこそが「世界一つよい生き物のチャンピオン、スーパーアニマルなんだ!」、と結ばれています。

 絵本では、子供たちの興味を引き出すために、クマムシ最強!と煽り立てています。きっと、絵本の作者は、種々の書籍などでクマムシに興味を持ち、その生命現象に感動して、絵本を描こうと思い立ったのでしょう。熱い思いを著すことは悪いことではありません。
 ですが、絵本に書かれている内容を読むと、果たしてこれでイイのかと疑問に思ってしまいます。
 ちょっと書き出してみると、
「なんと体の水分がわずか1パーセントになってしまうんだ。この状態になると、クマムシはもうどうやっても死なない」

 そんなことはない。脱水した状態(乾眠)でも死ぬときは死ぬ。例えば、火で炙ってみる。すると、生きてるとか死んでるとか議論するまでもなく、灰になってしまいます。もっとも、小さいので灰になったかどうか肉眼では分からないでしょうけど。
 クマムシを紹介した本の中には、「火炎で焼いても息絶えることはない」などと、とんでもないウソが書かれたものもありますがね(「珍生物図鑑」ワカクサソウヘイ著2015年竢o版社)。

 確かに、乾眠状態のクマムシの常識はずれなストレス耐性は驚嘆に値するものです。そこには生命の持つ神秘性や、限りない可能性を感じます。しかし、死なない生物などいません。乾眠という特殊な状態にあっても、過度のストレスにさらされると死んでしまいます。
 しかし、1個体だけでも蘇生すれば、「○○という過酷なストレスに耐えた」と記録されます。すると、ほとんどすべての個体が蘇生できなかったとしても、「耐性があった」と喧伝されるのです。あまりにも衝撃的なトピックは独り歩きして、都市伝説へと変わっていきます。
 「乾眠状態のクマムシは不死身だ」と誰が最初に発信したのか知る術もありません。サイエンスライターが勘違いして書いたものが広まったんじゃないかなあと思うのですが、案外、クマムシの研究者自身が発信源かもしれません。なにしろ、クマムシに限らず、生物学者は自分の研究材料が大好きで、自慢できることがあると冷静さを失う人が少なからずいます。その最たる例がクマムシの研究者で、やたらと自慢したがる。そして、一番じゃないと気が済まない。
 一般の人々に興味を持ってもらうために面白おかしく軽いノリで書いたのか、もしくは政府や企業から研究費をぶんどるためにちょっと誇張しすぎたのか、そんなところではないかと推測する次第です。

 もう一点。こんな記述もありました。
「なんと、何百年、いや何千年もタル状態のままで生きているという、しょうこもある。ほとんど不死身なんだね」(原文ママ)

 そんな証拠はありません。
 この話の元は「120年前のコケの標本を水に戻したら、潜んでいたクマムシが動いたように見えた」という、Franceschi, T. (1948)の曖昧な記述だと思います。何千年とまで話が膨らんでいるのが何故だか分かりませんが。
 多くの学者がこの話は眉唾だとしています。詳しいことは、「クマムシ?!―小さな怪物」(鈴木忠、2006年、岩波 科学ライブラリー)に書かれています。

 ともあれ、「クマムシはなにをしても死なない」とか「不死身だ」とかいう都市伝説は、速やかに是正されるべきです。それは研究者自身の言葉でしか為し得ないことです。
 実験も大事なことですが、誤見の修正と科学的事実の布教活動も大事です。こんな誤った生命観が広まっていては、生物学の魅力を凝縮したような好個の素材であるクマムシに関する話題が、科学ではなくオカルトになってしまう。

posted by Mayor Of Simpleton at 02:49| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

第92回 リボソームは細胞小器官か?

 なんと4回連続で相模女子大の入試問題になってしまいました。
 じつは、前回の小ネタ集の一つとして書いていたのですが、長くなってしまったので独立させました。

 相模女子大2015年度A日程の問題です。
3 小胞体についての記述である。正しい文章番号をすべて番号順に書きなさい。
@ 核膜とつながっている。
A 扁平な袋がいくつも重なったあるいは枝分かれした筒状の構造をしている。
B リボゾームが結合しているものといないものがある。
C たんぱく質の合成に関係するものもある。
D 一部はゴルジ体と融合する。


 大学が公開していた正解は@ABCD。なんと、全部正しい。ちょっと意表を衝かれましたね。
 さて、この中で気にかかるのはCです。小胞体はタンパク質合成に関係しているのでしょうか?

 小胞体は、リボソームの付着している粗面小胞体と、付着していない滑面小胞体に分けられます。粗面小胞体の上のリボソームでは、せっせとアミノ酸がつながれていき、タンパク質が作られています。
 よって、選択肢Cの「たんぱく質の合成に関係するものもある」というのは、もちろん粗面小胞体のことを指していて、その内容は間違いは無いように思えます。
 その一方で、Cの記述は誤りである、とも言えます。教科書や参考書には、小胞体の説明として「リボソームで合成されたタンパク質などの物質の輸送」と書かれています。「タンパク質の合成」とは書かれていません。選択肢Cは引っかけ問題で、「タンパク質合成を行うのはリボソームであって、小胞体の部分ではないですよ」と言われれば、「ズルいなあ」と感じつつも、「はい、そうですか」と納得せざるを得ません。

 これまでに何度も書いてきましたが、問題作成者のサジ加減で正解が変わってしまっては、公平な入試になりません。だから、どちらともとれるような曖昧さがあってはならず、問題文の作成には十分注意してほしいところです。
 ですが、この問題の場合は、作成者の配慮が足りないとか言う前に、高校生物の教科書および参考書において、リボソームの説明に欠陥があるために、やや曖昧な問題となってしまったのだと思います。
 その欠陥とは何かというと、リボソームを細胞小器官として扱っていることです。そのために粗面小胞体という言葉がどの範囲を指しているのか分かり難くなっています。
 リボソームと小胞体をまとめて粗面小胞体なのか、それとも、リボソームの付着した小胞体のうち、膜に包まれた部分だけを指すのか。そして、小胞体はタンパク質合成に関わっているのか。
 リボソームの肩書が細胞小器官であるか否かで、その答えが変わってきます。

 リボソームを細胞小器官と見なさず小胞体の部品として考えるならば、リボソームと小胞体をまとめて粗面小胞体と呼び、もちろん粗面小胞体は小胞体の一種なので、小胞体はタンパク質の合成に関係すると明言することができます。
 一方、リボソームが独立した細胞小器官であるならば、リボソームと小胞体の働きは連繋してはいるものの、それぞれの機能は別物と見なせます。よしんばリボソームと小胞体をまとめて粗面小胞体と呼んだとしても、「小胞体」と言った場合には膜に包まれた部分のみを指して、リボソームは含めないと解釈するのが妥当でしょう。その場合、タンパク質合成(ポリペプチド鎖と言った方が正確ですが)を担うのはリボソームであり、小胞体はその後の工程(タンパク質の折りたたみ、切断、ジスルフィド結合、糖鎖の付加等)を担う部分ということになるわけで、タンパク質合成には直接関与していないと言えます。

 高校生物の教科書などではリボソーム単独で細胞小器官として扱われています。ところが、ウィキペディアの「細胞小器官」のページでは、狭義の細胞小器官として「核、小胞体、ゴルジ体、エンドソーム、リソソーム、ミトコンドリア、葉緑体、ペルオキシソーム等の生体膜で囲まれた構造体だけ(膜系細胞小器官)」を挙げていて、広い意味では「細胞骨格や、中心小体、鞭毛、繊毛といった非膜系のタンパク質の超複合体からなる構造体」までを含めています。
 さらには、「核小体、リボソームまで細胞小器官と呼んでいる例も見いだされる」と記されており、まるでリボソームを細胞小器官に含めるのは亜流であると言わんばかりです。岩波の「生物学辞典」では、膜系構造物のみを細胞小器官とし、そこにはリボソームは含まれていません。

 小生は、「リボソームは細胞小器官に含まれない」と考えた方が、万事うまくいくように思います。
 というのも、リボソームを細胞小器官と見なすと、「原核細胞には細胞小器官が無い」という規則に反することになってしまいます。この規則は、真核細胞と原核細胞の違いを説明するためにとても重要です。ところが、高校生物の教科書や参考書では、リボソームを細胞小器官の一つとして扱っているので、「ただし、リボソームは(原核細胞にも)存在する」という添え書きが必要となっています。
 リボソームを巨大な酵素と考えれば、「原核細胞には細胞小器官が無い」と言い切るこができ、わずらわしい添え書きも不要になるのです。

 リボソームは50種類以上のタンパク質と、少なくとも3種類のRNA分子で構成される巨大な複合体で、tRNAが運んでくるアミノ酸を連結させペプチド鎖を作る反応を触媒する酵素です。この酵素活性はタンパク質部分ではなくRNAの部分にあることから、リボザイムの一種です。
 同じくリボザイムの一種であるスプライソソームも、タンパク質とRNAの巨大な複合体です。リボソームを細胞小器官の一つとするならば、スプライソソームも細胞小器官に含めるべきでしょう。しかし、その様な例は見たことがありません(もっとも、高校生物ではスプライソソームは教えられていないのですが)。
 巨大とはいうものの、リボソームの大きさは約20 nmしかなく、光学顕微鏡の解像度より小さいため電子顕微鏡でなければ観察することはできません。この点でも、他の細胞小器官とは異なっています(光学顕微鏡では観察できないとされている小胞体も、蛍光プローブを使えば観察できます)。

 また、字義的にも細胞小器官という肩書はリボソームにそぐわないように思います。
 細胞小器官という名称は、細胞を個体に見立てて、その内部の構造体を「小さな器官」と呼んだものです。器官とは「多細胞生物の体を構成する単位で、形態的に周囲と区別され、それ全体としてひとまとまりの機能を担うもののこと」です。構造上、器官は複数の組織によって構成されています。
 その点、リボソームは大小二つのサブユニットに分けることができますが、両者の成分はほぼ同じで、役割分担があるわけでもありません。だから、器官と呼ぶには構造が単純すぎると思うのです。
 一方、分解酵素が入った一枚膜の袋であるリソソームも構造的にはかなり単純ですが、膜によって外部と隔離されている点、膜上と内液とで役割分担がある点、この二つの特徴によって器官と呼ぶに値すると小生は考えます。

 相模女子大の問題に戻りますが、小生の考えではリボソームは小胞体の付属品であるので、Cは正しいということになるのですが、リボソームは独立した細胞小器官であるという立場の高校生物の教科書に従うならば、Cは不適切ではないかと思うのです。
 もっとも、この問題でリボソームの肩書がどーたらこーたらと言い出すのはスマートではありませんね。粗面小胞体はタンパク質を合成するのでCは正しい、と素直に受け入れられる、そんな真っ当な人間になりたかったとつくづく思う、今日この頃です。
posted by Mayor Of Simpleton at 02:05| Comment(3) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

第91回 小ネタ集(相模女子大)

 三回連続で恐縮ですが、相模女子大の入試問題です。
 今回紹介するのは、それほど酷い問題ではないです。ただ、ちょっと言いがかりをつけてみたくなる問題なのです。

 まずは2015年度A日程の問題です。

2 ミトコンドリアに関連した記述である。正しい文章番号をすべて番号順に書きなさい。
@ 原核生物の細胞質内に存在している。
A 外膜と内膜で二重に包まれている。
B グルコースがピルビン酸になる解糖系の酵素は外膜上にある。
C クエン酸回路の反応は外膜と内膜との間で起こる。
D グルコース1分子から最大38分子のATPが合成される。


 大学が公表していた解答は、AとDでした。
 @BCが誤りなのは説明不要ですね。また、Aはミトコンドリアの説明として間違っていません。
 で、小生がちょっと気にかかったのはDです。まあ、内容は正しいのですがね(最近では、38ATPというのは正しくないと言われてますが、それについては別の機会に述べたいと思います。ここでは、高校生物の教科書通り38ATPでいきます)。
 でも、ミトコンドリアに関連した部分だけなら36分子ではないの?と思ってしまうわけです。
 真核細胞の好気呼吸は3つの段階に分けられ、解糖系で2分子、クエン酸回路で2分子、電子伝達系で34分子のATPが産生される、と高校生物の教科書では説明されています。もちろん、解糖系は細胞質基質で、クエン酸回路と電子伝達系はミトコンドリアで反応が進むので、ミトコンドリアで作られるATPは36分子です。
 問題文に忠実になるならば、Dは正しくないと思うのであります!・・・って、言いがかりも甚だしいですかね。

 さて、この話題に関連することなのですが、好気呼吸でグルコース1分子を分解して合成されるATPの数は40個ではないかと、いつも思うのです。もう少し細かく言うと、解糖系で合成されるATPの数は4個ではないかと。
 解糖系は1分子のグルコースから2分子のピルビン酸が作られる反応経路で、10段階の化学反応があります。そのうちの第一段階と第三段階でATPが1分子ずつ消費されます。そして第七段階と第十段階で2分子ずつATPが合成されます。
 2分子のATPを消費して、4分子のATPを合成するので、解糖系全体でみると2分子のATPを得ることになります。表現を変えると、「ATPの総生産は4分子、純生産は2分子」です。
 ここからは言葉の感覚の問題になってしまいますが、「合成される数」のと言った場合は合成反応の回数、つまり「4」ではないかと思うのです。「産生される数」の場合は、消費と合成の収支、つまり純生産数でも良いのだけれど。・・・あくまで個人的な感覚です、はい。


 次に行きましょう。2016年度B日程の問題です。

問2 ヒトのゲノムに関する次の文章を読んで正しいものを二つ選びなさい。
@ 血縁関係の有無をしらべるDNA 鑑定には、通常、ゲノムのうちイントロン部を分析する。
A ヒトのゲノムのなかには多くの一塩基多型(SNP:スニップ)が存在し、病気へのかかりやすさや薬の効きやすさなどと関係している。
B ヒトの皮膚の細胞に4つの遺伝子を人為的に細胞質基質で発現させて未分化の状態にした細胞をiPS 細胞(induced pluripotent stem cell)という。
C ヒトのからだには200種類以上の細胞があるが、それぞれの細胞の機能が異なるのでゲノムも異なる。
D ヒトのSNPは次世代に遺伝するものがある。


 問題は「正しいものを二つ選べ」というものですが、ABDの3つが正しいように思います。大学が答えを公表していないので、どれが正解なのか分かりません。
 まず、@とCは誤りです。
 @は高校生には少々難しい問題です。親子鑑定などの血縁関係を調べる時には、マイクロサテライトと呼ばれる特定の塩基配列が何度も反復している部分を使うことが多い。このマイクロサテライトは、イントロンにも存在しますが、その他の領域にもたくさん存在します。なので、「通常、イントロン部を分析する」というのが誤りです。
 Cは、教科書にも書かれている内容で、同一個体の体細胞のゲノムはどれも同じです。

 では、正しいと思われるABDについて。
 Aは、まさに現在、創薬や医療の分野で注目されていることです。厚生労働省のページにも「近年ではこの一塩基多型が、疾患へのかかりやすさや、薬への応答性に関係していることが分かってきて、・・・」と明記されています。
 Bは、京大の山中教授のグループが、マウス細胞でのiPS細胞樹立に続いて、ヒトの皮膚由来繊維芽細胞を用いてiPS細胞を樹立したという事実について書かれたものです。この時に導入された4つの遺伝子Oct3/4Sox2Klf4c-Mycは山中因子と呼ばれています。その後の研究で、c-Myc を除いた3遺伝子だけでもiPS細胞を作ることができることが分かっています。現在では、iPS細胞樹立の効率化のためにOtc3/4Sox2klf4lin28L-Myc、p53shRNAの6つ因子を使っています。
 Dは、「SNPは次世代に遺伝するものがある」ではなく、全て遺伝します。SNPとはゲノムの塩基配列中の一塩基が他の塩基に置換することにより二型が生じたもので、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られるものを言います。遺伝しない変異は集団内に広がらないので、SNPとは呼ばないのです。でも、まあ、「遺伝するものがある」というのは言葉の上では間違ってはいないことになるのかな。

 さて、正しいと思われるABDの中から一つ除かなければなりません。どれが不適切なのか判断に迷うところですが、強いて選ぶならAですかねえ。
 理由は、全てのSNPが病気へのかかりやすさや薬の効きやすさなどと関係しているわけではないからです。例えば、翻訳領域のコドンの3文字目が多型になっている場合は、タンパク質のアミノ酸配列に変化が生じないケースが多い。つまり、表現型には全く影響がない多型もあるということです。
 Aを正しい文章にするなら、Dみたいに、「・・・関係しているものがある」とすべきなのかもしれません。しかし、そんなことを言い出すと、Bだって、「iPS細胞を作れるのはヒトの皮膚の細胞だけじゃないぞ」とケチをつけることだってできます。そうなると、もう、どれだけ言葉の曖昧さを許容できるか、厳密さを求めるか、という問題になってしまいます。結局は、出題者の腹の内を探ることになるですが、それが言葉遣いの問題とあってはお手上げです。

 最後にもう一つ、相模女子大の入試問題について言いたいことがあります。DNA鑑定やSNPに関する問題が出されていますが、出題枠は生物基礎になっているんです。明らかに生物基礎の枠を超えています。
 2015年、2016年の入試問題には、生物基礎の発展的内容ものが多くみられます。むしろ、発展のところを狙って出してるんじゃないかと思えるくらいです。発展的内容も、教科書に載っている以上は試験に出されても文句は言えないところですが、小生の持っている数研出版の教科書にはSNPのことは書かれていません。また、DNA鑑定利用されるで繰り返し配列がどの領域になるかなど、かなり高度な内容です。
 あえて難易度の高い入試問題を作りたかったのかもしれませんが、看板に偽りありではないでしょうか。ルール違反のように感じます。
ラベル:好気呼吸 解糖系
posted by Mayor Of Simpleton at 01:27| Comment(2) | 高校生物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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